じゃーな、また明日」

放課後、テニスバッグを提げて丸井と桑原が仁王を迎えに来た。「バイバイ」と手を振り、三人の背中を見送りながら、ふと 丸井がテニスしてるトコ見てみたいかも と思った。

「ねぇ、さくら」

幸い今日はお姉ちゃんのお店は定休日だし。

「なによ」

他にも予定ないからまっすぐ帰ろうと思ってたし。

「暇だったらちょっと付き合って」

ちょっと覗いてみるだけでもいーし。

「どこに?買い物?」
「や、テニスコート?」
「なんで疑問系?丸井を見に行きたいならさっき声かければよかったのに。素直じゃないなー」
「別に、たまたま今日は何の予定もないから行ってみようかと思っただけだもん。あ、さくらはバスケ部見に行きたいんだっけ?」

知ってるんだからねー、さくらがよくバスケ部のエースに熱い視線送ってるの。

「別に私は一人でバスケ部見学に行ってもいーけど、は一人でテニス部行くんだね?」

うわー私がそーゆーことするの(男子部見学とかね)嫌いってわかってて嫌味なヤツー。

「一緒に行って下さい」
「しょーがないな、行ってやるか」


*


「ギャラリー凄いね」
「テニス部だからね」

テニスコートの周りには凄い人だかりができていた。立海の生徒は勿論、他校の制服の人たちもいて、さすが立海テニス部なんてちょっと感心してみたり。既に練習は始まっているみたいで、テニスコートの周りで各々柔軟を終え、これからランニングを始めるようだ。先頭に立つのが真田で(確か副部長だったような)その後ろにたぶんレギュラーの人たちが続いてるんだと思う。丸井は仁王の後ろで桑原と並んで走り出した。スタート位置からちょうど半周した位のトコロに私とさくらはいて、その前を通過する時、一瞬だけ丸井と目が合った。丸井は驚いたように目を見開き、すぐに視線を私から前を走る仁王の背中に移した。
気付かなかったわけじゃないよね?

「丸井のヤツびっくりしてたじゃん」
「うん」

でも意外だったな、てっきり教室の時と同じノリで声かけてくると思ったのに。

見にきてくれたんだ」

真田の「10分休憩」の声と同時に私に駆け寄って来た丸井。

「今日は姉ちゃんの手伝いしねーの?」
「今日は定休日だから」
「早く言えよ、まさか今日来るとは思ってなかったからさっきは焦っただろぃ」
「あー、ごめん」

て、なんで私謝ってんの。

「別に謝ることじゃねんだけど、なんつーか来てくれて嬉しいっつーか、ありがとな」

やば、なんか丸井可愛いんだけど・・・

「なー、今日忙しくねんだったら一緒に帰ろうぜぃ。終わるまでここで待ってろよな」
「ちょっと、終わるまでって何時に終わるの」
「さー?六時半位じゃね?この後俺試合すんだけど、絶対見てろよ。天才的妙技見たら俺に惚れるはずだから」と丸井はラケットを持ってコートの中へ戻って行った。

「・・・」
、何固まってんの?」

初めて丸井のプレーを目の当たりにして言葉を失った私に、さくらが苦笑しながら声を掛けてきた。丸井が女の子たちに騒がれるのがわかる気がした。私もきっと、あんな瞳で本気で迫られたら勝てない気がする。(何の話かって?)

「あ、もしかして丸井のことちょっといーかも、とか思った?」
「何言ってんのさくら、丸井の意外な一面に驚いただけで別にそんなこと思ってないよ。だいたい、それだけで好きになるわけないじゃん」
「誰も好きになったとか言ってないんですけど?」とほくそ笑むさくら。
「!?」
「それに、あれを意外な一面なんて言うのは花音位だよ。皆あの丸井に好意を寄せてるんだから」
「私は初めて見たんだもん」

第一初対面でいきなり付き合えとか言ってくる男なんて軽いヤツだと思うでしょ?(つまり、私は男の子の本気に弱いんですよ)テニス部の練習が終わり、テニスコートの前で丸井の着替えを待つ。

待たせて悪り、」

「ブン太先輩、誰っすか?」と丸井の背後から私の顔を覗きこんできたくしゅくしゅヘアの男の子。
2年生かな?「あれ?この人、」と私を指差す男の子に丸井は、「見るな赤也、ワカメが移る!」と彼の太もも辺りを膝で蹴った。ワカメが移るって何?髪のこと?「ブン太先輩のカノジョっすか?」ともう一度私の顔を見たあと、丸井にニヤリと笑いかけた。「そーだよ」と答える丸井の横に並んだ後輩は、「俺テニス部の後輩の切原赤也っす」と笑いかけてた。「よろしく、」と私に握手を求めてきた後輩の手をビシっと叩き落とした丸井。

「痛て、何するんすか」

叩かれた手を擦りながら丸井を睨む切原くん。

に触るな、馬鹿が移る」

「ひでーっす!」と抗議する切原くんをムシして、丸井は眉間に皺を寄せた。

「・・・お前ら先行けよ、邪魔だ。仁王も立ち止まるな」

テニス部の面々を追い払うようにする丸井の姿に苦笑しながら、仁王は「また明日な」と私に手を振った。なんとなく手を振り返して仁王たちを見送り、私は丸井の隣に並んだ。

「帰らないの?」
歩き出そうとしない丸井の顔を覗きこむ。

「や、帰る。お前家どこ?」
「あっち、駅の向こう側。丸井の家は?」
「俺?そこの駅から二駅先のF町」
「じゃ、駅まで一緒に帰ろう」
「は?家まで送らせねー気?」

私の発言に気分を害したのか、丸井は眉間に皺を寄せた。

「でも駅からすぐだし、丸井帰るの遅くなっちゃうじゃん」
「俺、のカレシなんだろ?家まで送るのは当然のことじゃねーの。あと名前、ブン太な」
「じゃーお願いします」

家までは有り難く送ってもらうとして、名前でなんて丸井のファンが怖くて呼べません。

「おぅ。でさ、俺の勇姿はどうだった、ちゃんと見てたんだろぃ」
ガムをプーと膨らませながら笑顔になる丸井。

「あー、普通に凄かった。女の子に人気があるのがわかったよ」

パチンとガムで作ったフーセンの割れる音がして、丸井はため息を吐いた。

「んなこと聞いてねーよ、客観的な感想なんかどーでもいーっての。はどー思ったんだよ」
「あーうん、あんな真剣な顔もするんだなと、意外な一面を見たって感じかな。いつもあーやって真剣な顔してたらかっこいいのに」
「はぁ?!なんだそれ、俺はいつもマジだってーの。今日だってすっげー真剣にお前に声かけてただろぃ」

え?あれのどこが?
私はからかわれてるようにしか思えなかったけど?

「何?俺が好きだって言ったのもマジにとってねーわけ?」
「うん、最初はからかわれてるんだと思った。だって話したこともないのにいきなり付き合えとか言うんだもん」
「お前マジでムカつくな、何で俺が好きでもない女と付き合わなきゃなんねーんだよ」

だって凄い軽そうだし?

「今、すげームカつくようなこと思っただろぃ。言っとくけど俺は女と付き合うのはが初めてだからな」
「ええ?!」

本気で驚いた私は、丸井の顔を見て思わず立ち止まった。

「なんだよその顔」

丸井も立ち止まり、噛んでいたガムを捨て、ポケットから新しいガムを取り出し口に入れた。「ん、やる」と取り出したもう一枚のガムを私に突き出す丸井。「今朝貰ったヤツ、まだ残ってる」と粒タイプのガムを取り出そうとポケットに手を入れると、その手を丸井に掴まれた。
何?!

「今食べろよ、俺の好きな味だから覚えとけ」

一瞬ビクっとした私の手にガムを握らせ歩き始める丸井。手のひらに乗ったグリーンアップル味のガムを暫らく見つめ、丸井の後ろを歩きながら口の中に入れた。

「もしかしてさー、俺の噂話を信じちゃってるとか?」

不機嫌そうにポケットに手を入れたまま足を進める丸井。丸井の噂話ってゆーのはいろいろあるんだけど、食べ物をプレゼントすると付き合ってくれるとか、プレゼントの見返りにデートしてくれるとか、プレゼントの中身によってはキスもそれ以上もありとか。よく聞く話だから、半分くらいは本当かなと思ってたけど。(デートとかホッペにチューくらいならしそう)それを丸井に伝えると、丸井は頭を抱えてしゃがみこんだ。

「うわー、なんだよ、信じんなよそんな噂ー。やっぱりお前、俺のことめちゃくちゃ誤解してんじゃん」
「でも火のないトコロに煙は立たないって言うし?」

私の言葉を聞いた丸井は、しゃがみこんだまま私の腕を掴み、ぐっと引き寄せた。

「うわっ!」

勢い良く丸井の腕の中に抱き締められるようにして突っ込んだ私は、慌てて丸井の胸を押し、膝をついて体勢を立て直した。

「何すんのよ!」
「火のないトコロに煙を立てんのが女たちの噂話だろぃ」

尚も私の腕を掴んだまま丸井は私を引き寄せようとする。私はそれを阻止しようと足と腕に力を入れた。

「好きでもない女とキスなんかしねーだろ普通」
「デート、つーか女と遊びに言ったことはあるけど見返りにとかじゃねーし、二人きりとかでもねーよ」
「それに俺は童貞だっての」

「はぁ」と盛大にため息を吐いて丸井は立ち上がり、同時に私も腕を軽く引き寄せられ、一緒に立ち上がった。腕を掴まれたまま向かい合っている状態で、どうしたらいいのか困っていると、丸井は私の腕を離し、代わりに手を繋いできた。「ちょっと!」と手を振り払おうとしたけど、丸井が力を込めてきたため離すことができなかった。


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