「確か、女と手を繋いで歩くのは小学校2、3年時が最後だったはず」
そう言って丸井が歩きだしたから、私も足を進めた。
「は?」
「は?」
丸井の質問の意図が掴めなくて首を傾げると、焦れったそうに丸井が繋いだ手を私の前に翳した。
「こうやって男と手を繋いだこと最近あるかって聞いてんの」
あー。
「中学生になってからはないかな」
「ふーん、それから?」
「え?」
「だから、俺はに俺のことちゃんと知って欲しいし、俺ものこともっといろいろ知りてーって言ってんの」
あー、そういう意味ね、わかりにくいよ。
「男の人と付き合ったことはない。キスはホッペにならしたことあるし、額にならされたこともある」
「あ゛ぁ!?」
すっごい形相で私を睨む丸井。
「相手はお姉ちゃんの旦那さんだけどね」
「あっそ。俺は基本的に他人にベタベタされるのは大嫌いだけど、好きな女とは平気。寧ろ常にいちゃついてたい」
今度は私に打ち明けろと言わんばかりに視線を向ける丸井。
「あー、私は人前でいちゃつくとかムリかな」
「んじゃこれは?イヤか?」と丸井は繋いだ手を空いている手で指差した。
「今は、イヤじゃないかな」
「んじゃこのままでいーよな。あとはー、俺の初恋は小学校1年の時な」
「んで相手は・・・幸村くん。隣のクラスだったんだけど、ずっと女の子だと思ってたんだよ、俺」
「黒いランドセル背負ってんの見た時はショックだった・・・」と遠い目をする丸井を見て、私は思わず吹き出した。
「プッ・・・幸村くんて、テニス部の部長だよね。女の子と間違えるのムリないかも、今でも女でもOKっぽいもん」
「見た目はな、でも中身はめちゃめちゃ漢だぜぃ、怒らせたら真田なんて目じゃねーもん」
えー、漢な幸村くんなんてイヤかも・・・
「で?お前は?」
初恋ね・・・
「小学校5年の時、相手はお姉ちゃんの当時の彼氏で今の旦那さんね。2年間の片想いの末、二人が結婚したから諦めたんだけど」
「お前の姉ちゃんいくつだよ」
「今年23歳。旦那さんは25歳ね」
「何?お前年上好きなの?」
「別に」
それから私と丸井はお互いのことを話ながら(結構どーでもいーことばっかりだったけど)手を繋いで帰り道を歩いた。
「丸井、家ここだから」
「あ?おお。つーかブン太だっての」と丸井は繋いでいた手を離した。
「送ってくれてありがと。また部活見に行ってもいい?ちょっと、丸井に興味もったんだけど」
「大歓迎。いつでも見にこいよな」
「うん。気を付けて帰ってね」
「おぅ、じゃーな」と手を振って今来た道を引き返して行く丸井を見送り、玄関のドアを開けた。
*
夜、お風呂からあがると、さくらからメールが届いていた。『丸井と仲良く帰った?ちゃんと報告してよね』という内容だったから、メールは返信せずにアドレスの中からさくらの名前を呼び出した。
“Trrrrr・・・”
呼び出し音が数回鳴って「はいはーい」とさくらの声が聞こえてきた。
「家まで送ってもらって、仲良く帰ったよ。以上報告終わり」
「何それ、それだけ?他にいろいろあるでしょ、愛の言葉を囁かれたとか、押し倒されそうになったとか」
「あるわけないじゃん。しいて言うなら手を繋いだ」
「え?!あんたイヤがってたじゃん。なにがあったの、教えなさいよ」
興奮気味に声を張り上げたさくらに「落ち着いてよ」と一言告げ、丸井と話した噂話についてのことを説明した。
「、あの噂話信じてたの?」
呆れたように言うさくらに「半分位?」と疑問系で返し、誤解は解けたと話した。
「もしかして、丸井のこと好きになったりしちゃった?」
「好きなのかはまだわかんないけど、興味もったりはしちゃった」
素直に気持ちを話すと、さくらは「それは良かった」と笑った。丸井の初恋の相手が幸村くんだったという話をして二人で大笑いした後、電話を切った。そして、丸井にお礼のメールを送っておこうかとアドレスを探してふと気付いた。
そーいえば丸井のケーバンもアドレスも知らないじゃん。
明日、聞きに行ってみようかな・・・
気付けばもう、恋をしていた。
「腹減った、マック行こうぜぃ」
休日の部活帰り、ジャッカルと赤也と三人で駅に向かう途中、俺の一声でマックへ行くことになった。マックの数メートル手前の洋菓子店前でちらしを配ってる女がいた。俺たちと同じくらい、まーバイトしてるんだとしたら高校生か。特別カワイイとか、キレイとかじゃねーんだけど、なんとなく目について視線を向けたまま通り過ぎようとした瞬間、その女の目の前で子供が転んだ。子供を抱き起こして ニコリ と笑いかけた女の笑顔に、俺の心臓はすげー高鳴り始めた。
「何してんだブン太、早く行こうぜ」
立ち止まった俺をジャッカルが不振そうに見た。
「何見てんすか?・・・あー、あの人立海の生徒っすよね、バイトなんてしてマズイんじゃないんすか?」
俺の視線を辿ってその先にある彼女を見た赤也の口から明かされた彼女の正体。
あの女、立海の生徒なんかよ。
「仁王先輩のクラスの人っすよね。名前は知らねーけど仁王先輩のクラスでよく見かけるっすよ?」
「てことは俺らと同じ3年てことだよな。俺は見たことねーけどブン太知ってるか?」
「知らねー。早く行こうぜぃ」
歩き出した俺の後ろを「立ち止まったのブン太だろ」とかブツブツ言いながら付いてくるジャッカルと赤也。
なんで赤也が知ってて俺は見たことねーんだよ。
*
「仁王!」
部活の朝練を終え、教室へ向かって柳生と歩いてる仁王を呼び止めた。
「なんか用か?」
「ちょっと聞きたいことがあんだけど」と仁王の横に並ぶと、気を利かせてくれたのか、柳生が「先に行きますね」と歩き始めた。柳生から少し遅れて俺と仁王も歩き始める。
「仁王のクラスにさー、笑顔がすげーカワイイ女いるだろぃ、そいつの名前なんてーの」
「・・・そんな漠然とした特徴言われてもわからん」
んなこと言ったってそれしかわかんねーんだよ。
「たぶん背は大きくも小さくもなかったな。黒髪でとにかく笑った顔がカワイーんだよ」
まさか仁王に駅前でバイトしてたことバラすわけにもいかねーしな。
そもそもあんな目立つトコロでバイトしてて大丈夫なんか?
「・・・それはもしかすると、あそこを歩いてるのことか?」
仁王の指差す先を見ると、立海の制服を着た昨日の女が歩いていた。
「そう!あれ!あの女だよ、てーの?名前は?」
興奮気味に仁王のブレザーの袖を引っ張った俺の手を「落ち着きんしゃい」と払い除け、ニヤリと口元を上げた。
「丸井はが好きなんか?」
「んなんじゃねーよ。昨日見かけてカワイーと思っただけだ」
「は難しい女ぜよ。せいぜい頑張りんしゃい」
「だから違うっての、何を頑張れってんだよ」
そうは言ってみたものの、どうしても俺はが気になっちまって、教室の前を通る時、自然と彼女の姿を捜すのが癖になっていた。友達と笑い合う彼女を見るたび、初めて見たときと同じ様にすっげードキドキして、もしかすると仁王の言うように俺はに恋をしているのかもしれねーと思った。たけど俺が彼女について知ってることは、名前と笑顔がカワイイってことだけで、性格も趣味も、付き合ってる相手がいるのかさえも知らねーんだよな。仁王は彼女を難しい女だと言ってたけど、難しいってどういうことだよ?
数日間、彼女を観察してみて(ストーカーとか言うなよ!)俺の中でのは、明るくて楽しい子だけど、目立ったりすることは苦手で、出しゃばったりしない女という像ができあがった。てことは、俺と付き合うことんなったら、ファンとか言う女たちに嫌がらせされても抵抗できねー可能性が多いわけだから、俺が守ってやんなきゃな!(付き合うのはもう決定事項だからな)
週末、部活のため、休日にも関わらずいつも通りの時間に家を出て、駅に着く。学校までの道を一人で歩いていると、この前を見かけた洋菓子店で窓拭きをしている女がいた。後ろ姿だけど、茶髪でフワフワパーマがかかってるから、じゃないことは確かだ。ちょっと残念だとか思ってたら、入り口のドアが開いた。
「何してんの?そういう仕事は私がやるって言ったじゃん、中のショーケースとかキレイにしてくれればいいよ」
そう言って窓を拭いてた女から雑巾を取り上げたのは、この前と同じ様に店の名前が入ったエプロンをしているだった。
休みの日に会えるなんて、俺すげーついてんじゃん。
よく見ると、最初にいた女は、不自然に腹が出ていて、妊婦だと見受けられた。それによって、俺の中の像に優しく気配りのできる女というのが追加された。そんで、やっぱり俺は彼女のことがいつの間にか好きになってたんだって気付いた。休み明けの月曜日には、絶対にを手に入れようと決意した瞬間だった。
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