「え?」
「お前、彼氏とかいんの?」
「は?」
「彼氏だよカレシ、付き合ってるヤツがいるか聞いてんの」
「いないけど・・・」

休み明けの月曜日、いつもの様に登校し、朝のHRが始まる前に友達のさくらとおしゃべりをしていると、目の前に突然現れた赤い髪の男の子。それ程背は高くなさそうだけど、ガムを膨らませながら椅子に座っている私を見下ろす彼。私の勘違いでなければ、彼は男子テニス部の、

「俺、丸井ブン太。シクヨロ」

やっぱりテニス部の丸井だ。だけどこうして彼と会話をするのは初めてで、なぜここに彼がいるのかも、こんな状況になっているのかも、私には理解できなかった。

「俺、テニス部なんだけど、同じ部の仁王にお前の名前聞いた」

仁王は私のクラスメートだけど、特別親しいわけでもなく、挨拶する程度の関係だ。後方にある仁王の席に視線を移すと、こちらの様子を見ていたのかバッチリ目が合って手を振っていた。慌てて丸井に向き直ると、いつの間にか丸井は私の前の席に座り私と同じ位の目線で言葉を投げ掛けてきた。

「つーわけで、俺と付き合ってよ」

は?

「何その顔、不満なワケ?」

え、何この人?
私は助けを求めるかのように丸井からさくらに視線を移した。さくらも苦笑してるだけで助けてはくれそうにない。

「あの・・・ですね、突然付き合ってとか言われても、私丸井のことよく知らないし、困るんだけど?」

うんうんと頷くさくら。

「あー?そんなんはこれから知ってけばいーだろぃ、俺はが好きなんだし」
「?!」

この人、どーゆー性格してんの?
すっごい自己中?
この人と付き合うなんて絶対ムリだ!

“キーンコーンカーンコーン”

「やべ、HR始まる。ま、そーゆーワケでシクヨロ。また後で来るからな」

チャイムを聞いて自分のクラスに戻って行く丸井の後ろ姿を見送って、私はため息を吐いた。「、ご愁傷さま」とさくらは私の肩に手をかけた。
「他人事!?」
「他人事だもん」
「だからって何、その楽しそうな顔。面白い事になったとか思ってるんでしょ」
「正解。次の休み時間が楽しみだね。絶対来るよ、丸井」

冗談じゃない、丸井のことなんかこれっぽっちも好きじゃないんだよ、私。だいたいなんで丸井が私なんかに目を付けたのよ、私はごくごく一般の生徒で、目立つことなんて何もしてないはずだし、丸井との接点なんて同じ中学に通う同学年ていうだけなのに。退屈な担任の話を聞きながら、欠伸をしてる仁王を見ていたら、私の視線に気付いたのか目が合った。私の顔を見た仁王は、何がおかしいのか声を押し殺しながら『くくっ』と笑っている。
何?私、テニス部ぐるみでからかわれてるワケ?
HRが終わって担任が退室した後、私は仁王の席の前に立った。

「なんじゃ、?」
「丸井が仁王に私の名前聞いたって言ってた」
「ああ、丸井に教えてくれと言われたからな」

それがどうかしたかという態度の仁王にちょっとムカっとして、私は口調を少しだけ強めた。

「突然付き合ってとか言われても、ワケわかんないんだけど!」
は丸井のこと嫌いなんかの?」
「嫌とか言う以前の問題。私、丸井のことよく知らないし、今日初めてしゃべったんだけど?」
「じゃあこれから知ってけばよか」
「そーかもしれないけど、それはあくまで友達とかの段階踏んでからでしょ?なんでいきなり付き合わなきゃなんないのよ!」
「俺に言われても困る。それは丸井に直接言った方がよかよ」

そりゃそーなんだけど、あの人一方的に話をして私の言い分聞いてくれないんだもん。

「それに丸井はと友達になりたいわけじゃないんじゃろ?それを丸井に言ったトコロで丸井が納得するとは思えんけどな」
「うぅ・・・」

別に仁王になんとかしてもらえるとは思ってなかったけど、私の訴えを一刀両断されるとも思ってなかったから、返す言葉がなくなっちゃったじゃない・・・

「丸井は諦めの悪いヤツじゃけん、お前さんが折れるしかないだろ」


*




次の休み時間、丸井は宣言通り私の前に現れた。(ジャージ姿で)

「俺この後体育と美術で移動続くから会いにこれねんだけど、ていつも昼飯どーしてんだ」

会いに来てくれと頼んだ覚えはないし、来てくれなくていい。

「さくらと教室でお弁当食べるけど・・・」
「んじゃ、昼休みにまた来るから待ってろよ」
「え、何で?!」
「一緒に食おうぜぃ。そーだ、これやる」

丸井はまだ封の切られていないガムをポケットから取り出し、私の机の上に置いた。

「朝部活の後輩に貰ったんだけど、俺フーセンガム専門」

置かれたガムは粒タイプのもので、確かにこれじゃフーセンは作れないだろうね・・・

「あ、りがとう」
「おう、じゃーな。また後で」
「え?ちょっと待って!」

私が引き止めたことは全くムシして、手を振りながら教室を後にする丸井。
ちょっと、これってお昼休みの約束成立ってこと?

「すっかり丸井のペースだねぇ」

私たちのやりとりを一部始終見ていたさくらが苦笑しながら声をかけてきた。

「うん・・・」

丸井に貰ったガムを手に取り、何気なくさくらに「食べる?」と聞くと「いらない」と返ってきた。「丸井からの贈り物貰ったりしたら恨まれそう」だって。折角だから私は食べるけどね。


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