本当にこれは偶然なのですか、
 運命という名前ではないのですか





「好きです、付き合ってください!」

大きな声で女の子が告白している声が聞こえ、わたしは思わず読んでいた本から顔を上げ、声の主を探した。5時間目の数学の時間が突然自習になり、わたしは屋上でのんびりと読みかけの本と共に過ごすことにしたのだ。冬の空気は冷たいけれどひなたは暖かく、風も吹いていないので読書にはもってこいだ。

「悪いが、お前さんとは付き合えん」

独特のイントネーションで、告白されているのは仁王くんだと分かった。と言ってもわたし達が知り合いとかそういう事は全然ない。同じクラスに柳生くんがいるので、たまにやって来る、やけに目立つ彼とその話し方を知っただけだ。彼が来るとクラスの女子が浮き足立つのが面白い。それ程、彼は顔が良くて存在が派手なのだ。わたしは彼と、それを取り巻く女子を見るのが好きだった。

「彼女じゃなくて、いいんです!遊びでも!」

やっと見つけたけれど、彼女の背中とそれにかかるセミロングの黒い髪が見えるだけで顔は見えなかった。仁王くんがフェンスに寄りかかり、そっぽを向いているのは見える。下級生らしい彼女は粘っている。そう、仁王くんは女生徒達に常に遊びの誘いをかけられ、それを拒むこともなく乗っている、らしい。さすがに学校ではその現場を見られないけれど。

「遊びなんぞ、とうにやめとる。今は本命一筋、じゃ」

しかし彼の口からは予想外の答えが。ちょっと驚いた。でも、それも必死すぎる彼女を止める為のウソかもしれない。

「たくさんいる取り巻きの女の人の、一人でいいんです!」
「それももうおらん」

仁王くんが、品性方向になってしまった…?傍観していると、寄り付く女を適当にあしらいながら、時々優しく、大抵は冷たい彼だったのに。女の子達がそれに一喜一憂するのをつい見てしまい、みんな可愛らしく微笑ましいなあと思ってたんだけど。

「その、本命の人って誰なんですか?付き合ってる彼女なんですか?!」

結構しつこい彼女の追及に、もういいや、と元の場所に戻ろうと動いたら…
こちらを向いた仁王くんとバッチリ目があってしまった。わー、覗きがバレた。

「あぁ、今そこにおる彼女じゃ」

…今ナンと?
彼女の恨みを買う役目を、覗きのバツとして仰せつかったのか。
仁王くんはスルリとわたしに近づき、肩を抱いて彼女にこう宣言した。

「俺の彼女じゃ。今はこいつだけぜよ」

彼女は、俯いて「そうですか。では、失礼します!」と部活の先輩に挨拶するような事を言い残して走り去ってしまった。後に残された、仁王くんと、彼に肩を抱かれたわたし。

「あの、別に覗こうと思ってたわけでは…先に屋上にいたの、わたしだし…」
さん、じゃよな?柳生のクラスの」
「はい、そうです」
「俺は仁王雅治」
「知ってますよ…」
「俺ら、付き合ってみん?」

軽く、交際を申し込まれてしまった。でもわたしにそんな経験はない。あるわけない。ひっそりと生きているごく普通の中学三年生で、派手な事はしていないから。

「ごめんなさい。わたし…」
「さっきの子に宣言した分、ちょっとフリだけでもええんじゃが。当分、一緒に帰るくらいならよか?」

まあそれくらいなら別に、と正直思った。特にわたしも「好きでもない人と付き合うなんて!」とか「男子と下校するなんて!」とか潔癖な事を考えてないし。

「じゃあ、時間が合えば一緒に帰るということで。でも、あんまりウワサになったら困ります」
「任しときんしゃい。もしヘンな女共に絡まれても、俺が助けてやる」

こうして仁王くんと一緒に帰る事になってしまった。
なってしまった、とイヤそうにしていたけれど、2,3回一緒に帰るとわたしはすっかり仁王くんと居る事が楽しくなった。彼は優しく、女の扱いに慣れている上に、日常生活や学校の事もポンポンと話せた。わたしを女として扱ってくれている事が嬉しかったし、会話も弾んで毎日、帰る時間が楽しみになった。

「仁王くんって、面白い人だよね」
「そうかの」
「うん、一緒にいて楽しいもん」
「あんまり面白いとは言われたことないのう。最高とか最低とかはよー言われとったけど」
「ふふ…やっぱり面白い」

柳生くんも仁王くんの事をニコニコしながら薦めてきた。

「彼はとかくウワサが多いですが、根はいい人なんですよ。今は真面目に暮らしているようですし、仲良くしてあげてください」
「あ、うん。一緒に帰ってるだけなんだけど」
「では、お昼休みに一緒に食事でもされたらどうでしょう」
「うーん。友達と一緒に食べてるからなあ。今度、テニス部に見学に行こうかな」
「えっ…」

何気なく、部活を見に行こうかと言っただけなのに、柳生くんが固まってしまった。

「どうしたの?」
「いえ…それは…どうかと思います。凶暴なファンの方もいらっしゃいますし」
「はあ…」

わたしの存在は特に知られているわけじゃないので、別に見に行くくらい平気だと思うんだけど…と言おうとしたけど、柳生くんはそそくさと去ってしまった。

不思議に思いつつ、この日も仁王くんの部活が終わるまで図書館で本を読んだり宿題をしたりして過ごし、彼が迎えに来るのを待っていた。

「待たせたの」
「ううん。最近は宿題を済ませてしまえるから、家で勉強するよりずっとはかどるよ」

こういう風に、色んな話をしながらいつも通り帰っていると、彼が何気なく言った。

「今週の土曜日、練習試合なんよ」
「へー。見に行っていい?」

尋ねると、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべながら言った。

「残念ながら、本当の彼女しか見学はお断り、なり」
「…それって」
が俺のこと、ちゃんと好きなら来てもええ」
「・・・・・・」

どうだろう。仁王くんのこと、たぶん好き、と思う。でも頭に“たぶん”でお尻に“と思う”がついてる好きじゃダメなんだろうな。
それより、彼の気持ちだってわたしには分からない。たまたま屋上で告白されてる所を見かけて彼女のフリしてるだけなのに。でも、今の彼を見ていると騙されてるとは思えないし(思いたくないってのもある)適当にあしらわれてるとも思えなかった。

「くくっ、考えとるのう」
「あ、ごめん」
「考えるのも大事じゃが、行動も大切じゃ」
「え…?」

謎をかけられてしまった。そうこうしているうちに、家に着いたので「また明日」と別れる。
行動…
やはり、今日の柳生くんとの会話がひっかかる。彼は来るなと忠告した。でも、仁王くんは見学の話を振っている。
…行動あるのみ、か。

次の日。わたしは放課後のテニス部見学にこっそり行くことにした。仁王くんと柳生くんんにバレないように、遠めに眺めようと場所を探していると部員らしき人の会話がすぐ近くで聞えてきた。

「仁王先輩の屋上のアレ、どうなったんスかね〜」
「順調なんじゃねーか?聞いてねーけど」

話しているのは下級生らしい天パの子と、同じ学年の丸井くんだった。彼とは昨年同じクラスだったので顔見知りだ。しかし、わたしはよくよく盗み聞きをしてしまう相が出ているらしい。何の話か分からないけど、仁王くんの屋上のアレって事はわたしも関係する話なのかも。これが、柳生くんの言う、来るなという理由?わたしは二人に尋ねてみる事にした。

「あの…」
「しっ!赤也!」
「え、何スか?」

わたしを見た丸井くんは後輩のお喋りを止めた。赤也と呼ばれたその人は「まさか…」と呟いたあと、明らかに「ヤベッ!」と言った。

「“ヤベッ”??」
「あー、、これは何でもねーんだ。うん、ホントに何でもねぇ」

丸井くんはそう言って後輩と逃げるように去ってしまった。
…気になる。
不思議に思いながら歩いていると、マネージャーらしき女の子が、カゴに入ったボールを運んで正面から歩いてくる。おさげにしてジャージを着ていて、一生懸命働いている様子が微笑ましい。通り過ぎようとして一瞬、目が合った時、彼女の顔が“ヤベッ!”という顔になった。
…なんで?
一本道というのに、逃げ道を探すように辺りを見回した後、必死に顔をそむけながらすれ違おうとする。その顔はどこかで見たような見ていないような。

「あの…」

声をかけてみた。すると彼女は気の毒なほどビクっとして、慌てだした。気になったことを問いかけてみる。

「どこかで、会いましたっけ?」
「いえ!全然!知りません!!わたしの顔、よくある顔なんで!!」
「・・・・」
「では、失礼します!」

最後のセリフで思い出した。彼女は屋上で仁王くんに告白していた下級生だ。…どういう事だろう。彼女はマネージャーとして働いているけど、仁王くんが好きで告白したんだろうか。
…それにしては、仁王くんの事を知らない人であるかのような質問をしていたと思う。マネージャーと部員ってもっと分かり合っているんじゃないのかなあ。
何か、ある。これは、何なんだろう。

わたしは手っ取り早く解決する方法として、休憩中の柳生くんに質問しに行った。

さん…来てはいけないと行ったでしょう」
「柳生くん、あの日。急に自習になったあの日、わたしが屋上に行ったことを知っていた?」
「知っていたわけではありませんが、恐らくそうではないかと」

彼はしぶしぶ白状した。

「それを誰かに話した?」
「・・・・・・・」
「屋上で私と仁王くんが会ったのは偶然じゃないの?」
「それは、そうとも言えるし、そうでないとも言えます」
「?」
「あの日、二人が屋上で会ったのは偶然じゃないかもしれません。けれど、お二人がこの地球に生まれて、同じ時を過ごし、日本のこの学校で出会ったのは運命という名前ではないのですか」
「…はあ」

なんか、地球規模のグローバルな話になってきた。わたしが責めて怒るのかと思って煙に巻いているんだろう。

「そうそう、偶然という名の運命、じゃ」

仁王くんがやって来ていた。

「いやいや…それより、どうして?」

突っ込みつつ理由を訊く。あの告白は、仁王くんのペテンなんだろうか。わたしに聞かせる為にマネージャー嬢に頼んで告白してもらったんだろうけど、わたしなんかを騙しても何もメリットは無いと思う。ただのお楽しみなんだろうか。

「話すキッカケも無かったし。けど俺とその周りの女子達を見とるんは知っとった。これなら食いつくと思うてな」
「…食いつくって。予想通りな行動しちゃったけど。今も、騙されたって怒っていいのかな、って思うけどなんか面白いよね」
、お前さんならそう言って許してくれると思っとったから、ここに来るように仕向けたんじゃ」
「やっぱり」

仁王くんはわたしにここに来てほしかったんだ。そしてわたしが真相を知っても、怒らないで面白がる事までお見通しだった。しかも、わたしが仁王くんと彼の女の子達を眺めていたこともバレていた。
おかしくなってつい笑ってしまい、二人で微笑みあうと周辺は甘い空気になった。
しかし、見つめ合っているというのに周囲からの視線に気付いた。
ハッと辺りを見回すと、テニス部員の人々がわたし達を取り囲むように、少し離れた所からじーっと見ている。ワクワクといった感じだ。もちろん柳生くんも、マネージャー嬢もドキドキしながらわたし達を見守っている。
このまま公開告白ショーなんてするつもりはない。

「じゃ、土曜日の練習試合、見に行くね」
「ああ」

わたし達はあっさりと言い合ってその場から離れた。でも、これでわたしは本当の、仁王くんの彼女になれたんだ。
熱烈な愛の告白とラブシーンを期待していたであろう皆はあからさまにガッカリしてしまった。

この日の帰り道、いつもは寄らない公園で「ずっと前から見とった。、好いとうよ」と情熱的に囁かれ、激しいけれど甘いキスをもらった私としては、これが皆の目前で行われなくて良かった、とつくづく思った。





brihighサマ参加作品 
  35. 本当にこれは偶然なのですか、運命という名前ではないのですか







あとがき

微笑ましいな、と思いながら見てるヒロインの視線を受け、
仁王は彼女が気になって仕方なくなって、という馴れ初めです。

主催サマ、ステキな企画に参加させて頂き、ありがとうございました!

るう@レトルトパウチ  2007.4.28