仲違いの罠










ケンカの理由は些細なことだった。多分、CDをまたがししたからどうのこうのだった気がする。
すぐに謝ればどうにかなったのかもしれないけれど、私たちはお互い意地っぱりで、素直に謝ることが出来ない。
そう知っているからこそ、余計に謝りたくなかった。






それ以来岳人とは口を聞いていない。
幸か不幸か、同じクラスだったので毎日顔を合わせるけれど、お互い顔を見向きもしなかった。
いつしか、私たちの知らないところで別れたんじゃないかっていう噂が流れていて。
勿論、そんなつもりはない。ただ、素直に謝れないだけ。





もう一週間が経つ。ダメなのかもしれない。そんな予感が脳裏をよぎる。
休み時間の教室内で、誰にも気付かれないように小さくため息をついた…つもりだった。
けれど、どうやら隣に居た忍足には気付かれてしまったらしい。





「疲れてるみたいやな」





まるで他人事のように笑う忍足を見て少しむかついた。実際他人事なのだけど。





「随分楽しそうに笑うね」
「他人事やからな」
「そーですか」






気の抜けた生返事を返す。忍足には、私の気持ちが分かりそうにもない。
また私がため息をつくと、忍足は急に真剣な顔になった。






「そんなに気負いするんやったら謝ればええやん」
「それが出来たら困らないよ」
「お互い意地張りすぎなんやて。何にせよ、どっちかが謝らなあかんやろ」
「分かってるけどさ…」






もう、謝れる状況じゃない。
そう続けようとしたら忍足はいきなり反対側にいる岳人の方へ向かって、何かを言っていた。
それに対して岳人が怒っているようだったけれど、それを気にせずに忍足はこちらへ戻って来る。
私は、恐る恐る忍足に聞いた。





「…忍足、岳人に何言ったの?」
「ま、が気にすることやないから安心しとき」
「え、本当に何言ったの」





その私の問いには答えずに、忍足はふらふらと歩いて何処かへ行ってしまった。
ただ一言、今日は教室に残ってみてみ、したらおもろいこと起こるで、と言い残して。







忍足に言われたとおり、私は放課後の誰もいない教室に残っていた。
数分何か起こるのを待ったけれど、何もなさそうなので帰ろうとして鞄を掴む。
すると、誰かの手が私の腕を掴んだ。







…岳人だ。







「…何」






私は可愛くない。謝らなければならないと分かっているのに。
そこから逃げようとしたのだけれど、岳人の強い力に阻まれる。






…俺は、認めないからな」
「…え?」
「別れるなんて、絶対認めねーから」





別れる?そんなことは言った覚えがない。
すごい形相で岳人が睨んでくるので、何故睨まれなければならないの、と私も睨み返した。





「どういうこと?私じゃなくて岳人が言うなら分かるけど…」
「侑士が言ってたぜ。別れたがってるって」
「そんなこと言った覚えないよ。それに、別れたいのは岳人の方じゃないの?」





そういうと、さっき以上に睨まれて、そんなことあるわけねーだろ!と怒鳴られた。





「どれだけ俺がのこと考えてると思ってんだよ?少しは考えろよ」
「そんなの、言ってくれなきゃ分からないよ!」




売り言葉に買い言葉のように、さらっと私は返した。
けれど、そう叫んで私は気がつく。言わなきゃ、分からない。
私も今まで、つまらない意地を張って岳人に何も言ってこなかった。
言ってしまえば何だか負けてしまうような、そんな気がして。





そう分かるといきなり罪悪感が込み上げて来る。
そこに続くのは、素直な気持ちだった。






「…ごめん」
「私も、ごめんね…何も、言わなかったから」





自然と涙がこぼれて来る。
やっと素直に、言えた。その嬉しさと、安堵感から生まれるものだった。
心に残っていた大きな蟠りが、消えていくのが分かる。
きっと、もう大丈夫だ。






数日経って、元に戻った私たちは屋上でお昼を食べる。
その時にはもうあの噂は立ち消えていた。






「それにしても、忍足に一本取られたね」
「そーだな。何か悔しいぜ」






そう言いながらも笑っている岳人を見ると、忍足が居てくれて良かったと思う。
はめられたのだと思うと少し悔しい。
それでも、ありがとうと。心の中では思って居たかった。







空を仰ぐ。快晴、雲ひとつ無い空だった。







(2007.04/29 ... brihighさまへ)