先輩」

「なに?」

「これ、わかりますか?」

「んーどれどれ…」



「夏の補習の指導に来て欲しい」と数学の教師に頼まれたはどうせ暇だし、と学校に訪れていた。

毎年恒例のクーラーのついた部屋はついに今年になってクーラーが壊れた為使い物にならないらしい。

きっと補習組も結構いるだろうから扇風機だけの教室は人口密度高くて暑いだろうなあ…とが思っていた矢先

教室にいたのはテニス部の2年エース、切原赤也だけだった。



「それにしても暑いねー」

「暑すぎて先生までもが倒れましたからね」

「暑さのせいで皆来ないしねー」

「俺、かなり真面目っスよね」

「どうせ部活サボりたいんでしょ」

「ビンゴ!」



シャーペンをクルクルと器用に回して笑う赤也をはテキストで叩いた。



「そういえば切原ってテニス部で悪魔って言われてんだってね」

「誰から聞いたんスか?」

「詐欺師」

「仁王先輩っスか…」

「なんで目が充血するとパワーアップするんだろうね?」

「いや俺に聞かれても…。柳先輩あたりが知ってるんじゃないですか?」

「曖昧だなー少年。私なんか夜更かししすぎていつも充血してるのにパワーアップしないよ」

「パワーアップってなんの為にっスか」

「え……プールで100M泳ぐ為にとか?」

「えっ!泳げないんスか、先輩!」

「うるせぁぁあ!!!!早くプリントやれよ切原少年!」

「いった!!いちいち殴らなくていいっスよ!それに話を持ち出したのは先輩じゃないっスか!」

「はいはいわかりました私が悪いんでしょすいませんでした」

「そんな机に座って上から見下ろされつつ言われてもバカにされてるようにしか見えないっスから!」



仁王やブン太などを通じてお互いの存在は聞かされて知っていたものの、2人は今日が初対面だったりする。

なのに打ち解けあっているのは、気が合うからなのだろうか。

は赤也に気づかれない程度の小さい笑いを漏らした。



「そういえば先輩は天使、って呼ばれてるらしいっスね」

「誰から吹き込まれたんだい」

「丸井先輩っス」

「あの野郎…。今度焼いて食べてしまおうか」

「うわ、先輩のエッチ!俺ちょっと想像しちゃったっスよ!」

「想像しなくていいっつの!しかもそっちの意味じゃないし!暑さで脳がやられたか」

「で、なんで天使なんっスか?」

「いや私もよくわかんないけど運動も勉強も容姿も完璧だからなんだって。いくらなんでも大袈裟すぎだよね」

「ホントですよね!」

「あ今胸になんかきた。お姉さんズキンってきた」

「性格については言われてないんですね」

「いや実は私優しい子で通ってるから」

「ええ!こんなにスパルタなのに?!」

「表はいい子ちゃんなんだよ」

「裏は真っ黒ですね」



と赤也は乾いた笑いを漏らした。



「まあね。こう見えて本性見せたの君が5番目だよ」

「多分俺が思うに、仁王先輩と丸井先輩と」

「ゆっきーと蓮ちゃん」

「やっぱり…。でも初対面の俺に裏見せてよかったんスか?」

「うーん、まあ気分が裏だったもんで」

「俺じゃなかったら悪い噂流されてますよきっと……」

「うん、無能な切原でよかったよ」

「な、なんスかそれ!」

「はいはいプリントー」



はブツブツと文句を言いながらプリントに手をつける赤也に微笑んだ。

そしてコンビニ袋をがさがさと漁り、アイスを取り出す。



「って、あ!!いつの間に一人だけアイス食ってんスか!」

「ホントは私今日家でのんびり過ごすハズだったのにさあ、切原の為に来てやったんだよこの暑い中!!」

「ふうん」

「あ、なんだいそのしかめっ面は。君にもアイスはあるんだよ実は」

「えっ!早く言ってくださいよ!そして早くくださいよ!!」

「プリント終わったらね」

「って言いつつプリントの量増やさないでくださいよ!!!」

「頑張れー少年」

「いい気になって…」

「なんか言ったか」

「いいえ何も」



本当にアイスでやる気になったのか、真剣に勉強し始めた赤也。

静まり返る教室には、外から聞こえてくる蝉の鳴き声と時計の針の音、シャーペンのカリカリという音しか聞こえなくなった。

赤也の真剣な顔に、は思わず見惚れる。



「…うわ!先輩、垂れてますよ!」

「え?…うわあおおお!溶けてる!!!」

「あーあー勿体無い」

「しょ、少年のせいだよっ!」

「へ?俺?俺なんかしましたか?」

「あ…っ、い、いや、なんでもない……」

「?」



ほんのり顔を赤く染めて目を逸らすに、赤也は首を傾げた。



「あー、手がベトベトっスね」

「え、ちょっ」

「あ、もしかしてこれ新発売のアイスじゃないっスか?あのオイシイって噂の!」



腕を掴んで覗き込んでくる赤也。

垂れてきたアイスをペロリと舐めて驚く赤也に、は顔を赤くした。



「っあ、洗ってくるからアイス持ってて!」

「へーい」



水道で手を洗うの顔はまだ火照っていて、おまけに触られた腕も熱かった。

は不思議な感覚に襲われつつ、タオルで手を拭きながら教室に戻った。



「あーっ!何食べてんのよ!」

「俺まだこのアイス食べたことなかったんで」

「ほ、殆ど食べやがって…!」

「上手いっスねーこれ!」

「…自分で買えよ……」

「俺金ないんですよ」

「見た感じ恐喝とかしてそうだけどねー」

「失礼な!してないっスよ!!」

「はいはいわかってますって」

「まあでも俺は先輩の食べた後だからそう感じたのかもしれないっスけどね」

「…はあ?」



赤也はニコニコな笑顔でアイスをに返しながら言った。



「なんでもないっスよ」

「な、なんでもないワケあるか!今さりげなく問題発言したでしょ!!しかも破廉恥な!!」

「そういうつもりで言ったんじゃないスけど、そう聞こえたんスか?先輩」

「か、確信犯のくせに!!」

「そしてそれを食べる先輩は俺と間接キーッス」

「ぶっ!!は、早く言いなさいよ!」

「ついでにキスしときますか?」

「ついでの意味がわからない!!」

「いやー俺、先輩みたいなタイプ好きっスよ」

「わ、私も切原みたいなタイプ好きだけど」

「……へえ?」



ニヤリと笑う赤也に、は恥ずかしくなって教科書で赤也の頭を殴った。



「な、なにするんスか!!」

「理由はない!!」

「もう…。あ、プリント終わったんでアイスくださいよ」

「あ、ごめん嘘。ないんだよね」

「えーっ!!……じゃあいいや、先輩のくださいよ」

「え?私のアイス?」

「ちがう。先輩の」





ちゅ、と音をたてて離れた唇と、目の前ではにかむ赤也。

それがキスだということに私が気づくのは、それから10秒後のことだった。






「唇」












天使が悪魔に恋をした



( 悪魔も天使に恋をした )






070817.brihighさまへ献上。