凛と同じクラスの友人から、凛の噂を聞いた。


 何でも体育の授業でバスケをしたとき、バスケ部の得点王を完全に抑えて勝利したらしい。


 あいつのことだから、きっとそつなくこなしたに違いない。凛は俺と同じテニス部のレギュラーで、テニスは勿論、スポーツ万能。それに身体を動かすだけの馬鹿じゃなくて頭の回転もいい。これで容姿もいいんだから、世間ではこういうやつを完璧人間なんて呼ぶのかもしれない。


 でも、だ。あいつはそんな人間じゃないのは俺がよく知っている。成績なんてちっとも気にしていないし、当然先生の目も気にしちゃいない。いつも俺と一緒に馬鹿騒ぎして、とにかく気のいいやつだ。そして更に言えば、俺は凛の弱点を知っている。


 俺の二つ前の席の女の子。生憎、今はいない。ついさっきの授業が終わってすぐに教室から出ていったから、友だちのところか職員室にでもいるのだろう。


 ともかく、その彼女が凛の弱点だ。先生にだって敬語を滅多に使わないあいつが、あの子を目の前にすると途端に性格が変わって、見ていて面白い。


「えー、裕次郎!」


 突然廊下から声が聞こえて、俺はドアの方に目を向けた。知念と一緒に凛が教室へ入ってくる。噂をすれば何とやら、だ。


「次の授業、家庭科なんだよ。あのオバサン嫌いやっさァ、サボろうぜ」


 俺の席まで来た途端、凛が言った。


「バーカ。俺は家庭科じゃねぇもん。知念とサボって来いよ」
「なんだよ、つき合い悪いやっさァ。いいから来いよ」


 言いながら、凛は隣の席の椅子を蹴って俺の方に向きを変え、それから座った。知念が「蹴るなよ」とため息を零す。


「どうせ、ここ田仁志の席やしィ。気にすることないさァ」


 その田仁志こと彗くんが、ちょうど購買部──まだ二限の授業が終わったところなのに──で買ってきたパンの山を抱えて席に戻ってきた。


お前(やァ)、人の席で何してるんだよ、どいてくれ」


 そう言った彗くんを凛は睨んだ。


「うるさい、お前(やァ)うざいんだよ、あっち行け。食うのはどこででも食えるだろ」
「凛、そういう言い方やめろって」


 知念が窘めるように言うが、凛は聞いちゃいない。彗くんの腹を思い切り叩いて追いやろうとしている。しかし残念なことに、彗くんは身体が大きいからそれくらいじゃびくともしない。


「あ、! 大丈夫?」


 教室の前の方から女の子の声が聞こえた。、とはそう、俺の二個前の席の女の子の名前だ。


 俺がちらりと前を見たら、彼女が冊子の束を抱えて教室に入ってくるのが見える。




 すると──だ。




 凛が椅子から立った。俺と知念は凛の行動に目を合わせてにやりと笑いあう。そして凛の行く先を目で追うと、あいつが向かったのはまさに彼女のところだった。


、何してんの」


 聞きながら、凛はさんの手にある冊子の山を持ち上げた。そして教壇まで運んで、もう一度さんへと向き直る。


 さんは少しだけ笑って、


「ありがとう、平古場くん」


 と言った。


「つぎの英語の授業でね、使うんだって。委員会の用事で職員室に行ったら、ついでに運んでって頼まれちゃった」


 無邪気に笑う彼女を見て、凛も小さく笑んだのが判る。


「あれで全部?」
「ううん、もう一回いく」
「じゃあ俺もついていくさァ。お前(やァ)だけじゃ重たいだろ」


 言いながら凛はさんよりさきに教室から出ていこうとする。それを彼女が追いかけた。


「でも、平古場くん隣のクラスだし──もうすぐ授業始まるよ」
「急げば大丈夫さァ。ホラ、行こうぜ」


 隣まで歩いてきたさんの背を、凛がぽんと叩いた。


 その仕草に、椅子を蹴るような凛の荒々しい素振りは微塵もない。






 そう、凛はあの子にだけ特別優しい。




 まるで壊れ物を触るみたいに、そっと触れて、子どもみたいに笑みを向ける。


 ちょっと前、凛にそれを指摘したら、俺も知念も酷い目に遭った。まだあのときの痣は消えない。でもまた揶揄かいたくなるのは、クラスの注目を浴びているのに気づいていない二人だからだろうか。とりあえず、部活の時間にでもさんのことをこっそり狙ってる男子は多いから気をつけろよと教えてやろう。


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 企画 [brihigh]さま

 参加させて頂き、どうもありがとうございました。


                Mi1k707 * リツ


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素材 [chaton noir]