今日も俺は図書室へ向かう。部活があった頃はこの週に一度の当番の日が面倒に思っていたが、部活を引退すると今度はこの週に一度の当番がとても待ち遠しく感じた。勿論、部活を引退したことに限らず、ある人物に会えるから…、と言う俺らしくない理由も混じっているんだが。そんな話、今は関係ないだろう。とりあえず俺は鞄を片手に図書室のドアを開いた。ドアを開けば、今来たところなのか鞄を受け付けの机の上に置きながら、鼻歌を唄っているが見えた。彼女はドアが開いた事に気づき、笑顔でこちらを向き、軽く頭を下げた。 「柳さん、こんにちは。」 「…早いな。今日は先週より3分と28秒早い様だな。」 「そうですか?今日は終礼も早く終わって、暇だったので早く着てみたんです。」 「そうか、新しくデータに追加しておこうか。」 いつものような会話をしながら、俺は図書室に入りの横に鞄を置いた。はパソコンを機動させ、時計を一瞬見ると大きな欠伸をした。女がそんなに大きな欠伸をするのは好ましくないと思うが…まあ、そこがらしいと言えば、らしい。俺の視線に気づくと、は顔を赤くさせ下を向く。…そんなに恥ずかしがらなくても良いと思うが。第一、このようなことは今に始まった訳では無い。何ヶ月がと一緒に当番をこなして来たが未だにのことは良くわからない。だから彼女に惹かれていったのかもしれない…。俺のデータからすると、も俺に好意を寄せているはずだ。…確信は無いが。 そんな事を考えていると、が俺に何か聞きたそうな目で見ていることに気づいた。「何だ。」と訊ねてみると恥ずかしそうに一言呟いた。あまりハッキリとは聞こえてこないが、どうやら内容は俺が甘い物を好きか、と言う事らしかった。何故そんな事を聞くのか不思議に思ったが、カレンダーに目をやるとどうやら後3日でバレンタインデーだ。自惚れかもしれないが、俺のデータからするとは80%以上の確率で俺にチョコレートを渡してくるのだろう。 「好きだぞ。普段から好んで食べている。特にチョコレートは毎朝脳を活性化させる為に適度に食べているな。あまりにも甘すぎたり、多すぎる物は好まないが。」 「そうですか!」 どうやら俺のデータは役に立ったようだ。…どうやら、はいざと言うときにいつもの明るさを発揮できない性格らしい。俺の返事を聞き終えると、満面の笑みになり再び鼻歌を唄いながら返却された本を本棚に戻しに行った。やはりは面白いな。見ていて全く飽きない…。俺の視線に気がついたのか、恥ずかしそうに顔を赤らめ俺から目を逸らそうとしたが、俺が微笑むと更に頬を赤くして俯いた。 今日もいつもと同じように刻々と時間だけが過ぎていき、俺とは取り留めの無い会話を繰り返しながら仕事を淡々とこなしていた。…もう五時か、いつもならの友達が迎えに来ている時間だが。と言う俺の心の声が聞こえたのか、はニッコリと微笑み「今日は一人なんです。」と呟いた。データマンの俺が質問する前に答えて貰ってどうする。しっかりしないか、柳蓮二。 「なら…一緒に帰るか?」 「えっ!い、いや…良いですよ、迷惑ですし!」 「迷惑ではない。寧ろで無いと嫌なのだが。」 「で、でも…っ!」 「そうか…、残念だな。は俺と一緒に帰りたくないのか…。」 「そう言う訳じゃないです!た、ただ…。」 「ただ、なんだ?」 「柳さんは上級生の人から人気あるし、私なんかが一緒に帰って良いのかな…って。」 なんだ、そんな事か。と溜息をつけば焦りながら謝る。なぜお前が謝る。だ、だって…。の繰り返し。どうやらは「だって」「でも」と言う曖昧な言葉を良く使ってしまうようだな。まあ、そんな言葉も俺のデータの前では全くの無意味となるという事をは知っているだろうか?…俺が、に好意を寄せているという事も、知っているだろうか?そして、が俺に好意を寄せている、と言う事を俺が知っている事をは知っているだろうか?俺ばかりが先走りしてしまい、は全く気づいていないようだ。…どうやら鈍感なに気持ちを伝えるには、相当の努力と大胆さが必要だな。 「柳さんっ!」 「なんだ。」 「…一緒に帰っても、宜しいですか?」 「当たり前だ。なんなら、手も繋いでも良いぞ?」 「もっ、もう!柳さん、あんまり冗談ばっかり言うなら私、怒りますよ!」 「例えば君を好きな場合、怒られても良いから手を繋ぎたいと思うのは当然だと思うが。」 「…あんまり期待させないで下さいよ。柳さん。」 そうやって悲しげに笑うの表情はとても惹きつけられるものがあった。俺の心臓はたちまち激しく高鳴り出したかと思うと、今度は頭のほうに血が上っていくのがわかる。全く…、弦一郎がこの場に居れば「たるんどる!」と一喝されても仕方ないだろう、と思えるほど今の俺はたるんでいる。そうだな…、貞治に負けてしまった事より今の状況を同じテニス部員に見られる事の方が俺にとっての失態に繋がるだろう。だが、俺はそんな事はどうでも良いくらいに惚れている。とりあえず、今目の前に居るを抱きしめてしまっているこの状況を何とかしなければ。それにしても、はこんなにも小さかっただろうか。俺の腕にすっかり隠れてしまっているは今頃顔を真っ赤にさせ、今の自分がどんな状況下に置かれているか全く気づいていないはずだ。しかし、俺がの耳元で愛の言葉を囁けば、真っ赤になっている顔を俺に見せると今までに見てきたの笑顔でも一番可愛い笑顔で「私もです。」と言って来た。こんな事を言われて嬉しくない男がこの世の中に居るだろうか。いや、これが所謂恋は盲目、と言う奴なのだろうか。と、俺が一人で考え込んでいると不安そうにが俺の制服の裾を掴んだ。 「本当に…、私で良いんですか…?」 「そうだな。寧ろ俺は、…いや、で無いと嫌だな。」 「柳さんっ…。」 「、俺だけ名前で呼ばす気なのか?」 「えっ!そ、そのっ…。」 困っているに優しく微笑み、念押しすると観念したのか先程よりマシになってきた頬を今度はピンク色に染めて蚊の泣くような声で「蓮二、さん。」と呟いた。ああ、もう可愛くて仕方が無い。こんなにも可愛い彼女が俺の様な男に出来てしまって良い物なのか。だが、俺はが好きだ。自分でも驚くほど好きだ。俺は恥ずかしがっているを腕の中から開放し、頭を優しく撫で、もう一度耳元で愛の言葉を囁いた。そして、頬に手を沿え、の顔にキスをしようとすると、運悪く下校時間が過ぎてしまい見回り担当の生徒が図書室のドアを思い切り開いた。 「えーっと下校時間過ぎてるんで、さっさと帰って下さーい!って、や…柳先輩っ!そ、それに!?」 更に運の悪いことに、見回り担当の生徒は同じテニス部で、しかもレギュラーの切原赤也だった。しかし、これ程良いことがあった日に運が悪くなるのは仕方ないだろう。まあ、明日の昼までには全校生徒にこの事は伝わっているだろうが、それはそれで良いだろう。その日はとりあえず「一緒に帰りましょうよ。」とうるさい赤也を一人で帰し、俺はと少し冷えた手を二人で暖めながら帰る事にした。 そして三日後、は「今日、告白しようと思ってたんですよ。」と苦笑いしながらハート型のチョコレートケーキを俺に差し出した。少し小さめのメッセージカードには真っ赤なペンで「大好きです。」と一言書かれていた。どうやらホワイトデーには3倍返し、と決まっているようだが…これから一ヶ月間、また悩まされそうだ。 (例えば君を好きな場合)(070214) |