誰かに知られたら、ダメになっちゃうんだ

だから、こっそりやるよ

たとえば放課後の教室とか―










「甘い囁き」










は、窓から吹き抜ける潮風に髪を揺らしながら、雑誌を見つめていた。
何度も何度も、さっきから同じページを見ている。

今月の特集は『恋する乙女』

【男を落とす裏ワザ!】とか【今年のモテ服】とかいう記事がわんさか。
可愛いモデルたちが笑顔で写っているページを通り越した、ちょうど最後のところ。
は、そのページの端を折り曲げていた。

占いのページ。

どんな雑誌にも必ずといっていいほどある。
いつも、ちらっと見るだけで終わらせるのに、今週は魅入ってしまって動けない。



告白するなら、今がチャンス!絶好の機会を見逃さないで。

勇気を出すためのおまじない:大好きな彼の席に誰にも見られずに3回座ること。そうすれば、大成功間違いなし!



ピンクの天使が笑顔で教えてくれる。
は、その文字をじっと見つめていた。


さん、ちょっとこの席、いいかな?」


ちょうど、のモヤモヤした思考を切り裂くように涼やかな声が聞こえた。
が顔を上げれば、同じクラスの佐伯虎次郎がにこにこ笑っていた。


「ちょっとさ、コイツらと部活の話するから。ちょっと煩くなるかもだけど。」
「え、あ、うん....」


サエの指す方向を見ると、隣のクラスの黒羽春風や樹希彦、1年生部長の葵剣太郎らがいた。
は軽く会釈すると窓の外に顔を向けた。
背後では、部活の予定の話し合いをする楽しそうな声が聞こえる。

どくん、どくん、どくん.....

は心臓の音が早くなるのを認識した。
必死に窓の外を見ながらも、熱っていく頬の所為で意識が飛びそうだ。


佐伯くんと喋っちゃった.....


確かに、授業のグループワークなどで話したこともあったが、こう休み時間なんかに個人的に話すのは初めてで。
あの自信家な目つきと笑顔を見ただけで、は紅くなってしまう。
好きなのに、好きすぎて、あまり近づけないというのが、ちょっと悲しい事実である。


もう一度、雑誌に目を通す。


「今が、チャンス.....」















誰もいない教室。

は、放課後の西日が当たる窓側の席に立ち尽くしていた。


「ココ、佐伯くんの席。」


独り言を呟く。
机の表面には『六角イチの色男!』とか書いてある。
おそらく、テニス部の誰かの仕業だろう。

は、サエがおそらく自分を知らないだろうと思った。
たぶん、クラスメイトだということは認識していても、特別な感情なんてない。

私=その他大勢のクラスメイト

そう思うと急に悲しくなってくる。
中学3年、最後のクラス分け。

は、掲示板でサエと自分の名前を発見した時、人知れず喜んだ。
グループワークでもさり気なく同じ班になりたかった。
一生懸命頑張った。

でも....

私は、きっとただのクラスメイト。

もう二度と同じクラスになることなんてない。


「これって、記念よね?」


は自分に言い聞かせた。
こんなに思っていたのだから、神様が少しくらいご褒美をくれたって間違いはない。
それに、誰にも迷惑をかけない。

そう、本人にさえ見られなければ―





「だから、ごめんって。今、取ってくる!!」


そんなような声が聞こえたのは、が3回目、サエのイスに座りかけたところだった。
は反射的にイスを跳ね除け、床にしりもちをついた。


ガシャーン


「いたたたた.....」
「だ、大丈夫!?」


が見上げた先にいたのは、見慣れた銀髪で。
は、口を開けたまま固まってしまった。
何かを言おうとしたのだけれど、驚きのあまりに声が出てこない。


神様の嘘つき....今日は最悪の日じゃない。


「足、くじいた?大丈夫?立てる?」
「う、うん....」


はサエの手を握って立ち上がろうとした瞬間、足首に強烈な痛みがはしって、ぐらりと傾いた。
その逞しい腕に抱かれて。

ドッドッドッドッドッ......

し、心臓破裂する....、は本気で思っていた。



「さ、佐伯....くん、私。だ、大丈夫.....」

「ねぇ、さん。」

が必死に紡いだ言葉を打ち消すように、サエが言葉を重ねた。
は頭の中がぐるぐる回っている。


「俺の机に、なんて書いてあった?」
「え....?」


「知ってる?」
「ろ、ろっかくイチのいろおとこ.....?」


はサエの要領を得ない会話に疑問がいっぱいだった。
サエの顔を覗き見ると、至極満足そうな顔をしている。


「俺、あの雑誌、今朝コンビニで見たよ。」


最初、サエの口から発せられた言葉の意味がには分からなくて。
数秒、間が空いた。


「俺も天秤座。今日は告白ラッキーデー。好きな人の....」
「ま、待って!!」


は叫び声にも似たような声を上げた。
思考がさっきとは違った意味で、ぐるぐる回っている。






「ねぇ、さん。俺たち、両思いみたいだね。」






耳元で囁かれた言葉は甘く。
の脳中枢を刺激するに足りる衝撃であった。
























End....












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素敵な企画に参加させていただき、感謝感謝です!
拙い文章でしたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。

斎藤凛