さっきから耳障りな蝉の声。これはツクツクボウシだっけか?しんと静まり返る教室の雰囲気には合ってるけど、そろそろ鬱陶しくなってきたな。そう思いふと顔を上げると、は溶けかけのアイスを持ったまま視線だけで俺を見た。

「蝉とスイカバーってさ…」
「んー」
「…似てるよね」
「…………はぁ?」





















9月1日、立海大付属中学2年5組の教室にて。始業式を終えて、午後からの部活までのちょっとした空き時間を一緒につぶそうと誘われた俺は、に連れられてこの教室へやってきた。そこでは「さっきね、部室から勝手に持ってきちゃった。アイス、食べるでしょ?」とイタズラに笑って俺にスイカバーを差し出した。

しゃり、と溶けかけのスイカバーをかじって、は窓の外を見る。ふいに垂れた雫に驚き、指についたそれを舐め取る。その様子がやけに色っぽくて、俺は思わず目を逸らした。

こんな意味不明なこと言う奴じゃなきゃ、もっとモテるんだろうな。たまにそう思う。こいつは可愛い。でも変な奴。きっと付き合いきれるのは俺だけ。…いや、まぁ、そんなこと本人にはぜってー言わねぇけど。でもさ、蝉とスイカバーだぜ?どこをどうしたら似るんだよって話じゃん。

もう食べる部分もなくなって、くわえていても口の中に広がるのは木の味だけ。そんな棒切れをずっとガジガジ噛みながら、俺はなんとなくそんなことを考えていた。暑くてそんな真剣に受け取ることもできねー。…なんて思っていると、が食べ終わって立ち上がる。ついでにこれも一緒に、とゴミを渡すとちょっと嫌そうな顔をされた。

「蝉ってさ、夏の間、しかもちょっとの間しか外にいられないでしょ」
「あ?あー…そうだな」
「スイカバーもさ、夏はいっぱい売ってるけど、秋になってくるとどこ探しても売ってないじゃん」
「…あー、言われてみればそうかも」
「ね、似てるでしょ。期間限定なところ」
「それ言ったら蛍とかもそうじゃね?なんでたとえが蝉なんだよ」
「んー、分かりやすいかなって思って。蛍なんて滅多に見れないし」
「…ふーん」

ギィ、と椅子が音を立てる。頭の後ろで腕を組んで背中を押し付けて、俺は外を見る。…んー、いつもよりは分かりやすい説明だけに、ちょっと納得してしまうな。蝉とスイカバー。…いや、の言うことはよく分かる、分かるけど。やっぱ分かんねぇ。今日は暑い。

「んでね、切原もそうなの」
「は?」

がニコニコしながら、俺の顔を覗き込む。やっべー可愛いっておい。…ストップ。顔に出てねぇか、俺?平常心平常心。まともに目見たらやばいな、うん。
ていうか俺もそうって。蝉とかスイカバーと一緒って意味か?

「切原はさ、例えると蝉の幼虫だよね」
「…はぁ?」
「まだ羽化する前って感じ。ほら『土の中にも3年』、みたいな!」
「…それを言うなら『石の上にも』、じゃねーの?」
「正しくはそうなんだけど…ほら、蝉の幼虫ってさ、土の中で長い間過ごして、外へ出てくるでしょ。大人になる為の準備期間が長いじゃない」
「………」

必死に身振り手振りで説明しながら、時々外を見る。ツクツクボウシの声がやけに大きい。

「だからね、うんと……切原もね、今準備期間なんだと思うの」
「…準備?」
「そう。テニスだって、これからもっともっと練習して、強くなって。そんでまた全国制覇しちゃったりして。…そういう、目標を達成するための準備をしてる時期だと思うの」
「………」
「…切原ってさ、夏が終わるとちょっと表情変わるんだよね」
「え?」
「寂しそうって言うか、なんていうか…。だから、励まそうかなーと思ったんだけど、…やっぱ上手く言えないや」

あはは、と笑って頭を掻く。俺は暑いのとの言葉を理解しなきゃって気持ちとがごっちゃになって、呆然とした。
…ちょ、ちょっと待て。何かこいつすっげ乙女発言してね?可愛い事言ってくれちゃって!みたいな感じじゃね?俺どう返事したらいいわけ?この状況じゃ本音しか出てこねー気がするんですけども。とりあえず落ち着いてくれ心臓!何か上手いこと言え俺。えーっと、アリガトウはなんか変だしかと言って本音大暴露するような度胸もまだ持ってねーしえっと、えっと…

「…アイス」
「ん?」
「えっとさ、アイス…そう!アイスアイス」
「…何?もうないよ」
「そうじゃねーっての。美味かったアリガトウ、って言おうとしてたんだよ」
「あらどういたしまして。勝手に持ち出したのは内緒ね?」
「分かってるって。つーかお前こそ口滑らさないようにしろよ?」
「そうだよね…うん、頑張る」
「気をつけろよ、お前バカだからな」
「なっ…。それ切原にだけは言われたくないよ!」

(こっちこそお前に言われちゃおしまいだってーの!)

心の中でそう思いながらも上手く誤魔化せた自分を褒め、そっぽを向いてしまったの背中を見る。そういえば8月に夏バテでしんどい思いしたって言ってたな、前より痩せたみたいだ。俺的にはもうちょっと…うん、前くらいのほうがいいんだけど。でも元気になったみたいだしこいつよく食うし。心配するほどでもねぇか。

「切原」

ふと、が振り向いて俺を呼ぶ。その声にハッと我に返る。あぶねー。もしかしなくても見惚れてた?気付かれてないからまぁいいけど…。

「ねぇ、切原ってば」
「あ、な…なんだよ?」
「外。あれ、丸井先輩たちじゃない?」
「え?」

言われて立ち上がり、窓の外を覗き込むと、確かによく目立つ赤髪の丸井先輩がいた。それとジャッカル先輩と仁王先輩、それに柳先輩。やっべーもう部活…ていうか今日は会議だっけ、始まる時間かよ!

「お?おーい赤也ー!」
「丸井先輩…もう部活始まるんスか!?」
「おー、真田の生徒会の集まりがそろそろ終わる頃だしな!早く来ないとまた走らされっぞ!」
「すぐ行きます!」

ガムを膨らましながら手を振る丸井先輩にそう答えて、俺はテニスバッグを持つ。も窓を閉めて俺を振り向き、鞄を持って歩き出す。

「頑張れよ、部長!」
「まだだっての。…ま、サンキュな。んじゃ、また明日」
「ばいばい」

手を振って、走りだす。階段を下りる前にふと立ち止まって振り返ると、は反対方向へ歩いていた。…と、何もないところでつまずいて転びそうになってる。俺は思わず駆け出しそうになったけど、『校庭50週だよ』という幸村ぶちょ…先輩の悪魔の微笑が浮かんで踏みとどまった。は別の階段を下りていく。そういや図書室へ寄るって言ってたっけ。

俺はの姿が見えなくなると、1段飛ばしで階段を駆け下りた。

言動変だし俺とは逆で冬が大好きだしどっか抜けてるし。やっぱ付き合いきれるのは俺だけみたいだな…。でもこんな俺に付き合ってくれるのもあいつだけっつーか。うわなんか照れる。でもこれ大マジメなんでそのへんよろしくお願いしますよ。

靴を履き替えて外に出る。日差しが眩しい。…暑い、熱い。不器用なお前に癒されるなんて今日に限った事じゃねーけどさ。なんか、うん。トクベツな元気もらった気分だ。

…頑張れよ、って。押された背中がなんだかかいーや。にやける頬を押さえつつ、太陽を仰ぎ見て。俺はバッグを持ち直して走り出した。




蝉の声とスイカバー
それは不器用な君が俺を励ますための口実

brihigh様へ :: Lara/萩野 仰