今日もまた、そっと手を繋ぐ。誰も知らない帰り道。
もし、誰かに気付かれているとしたら、それはきっと『人』ではなくて…


【全ては月だけが知る】


「えっと、3年…うげっ、仁王と一緒?」
さん、せっかくの顔が台無しですよ?」
「?柳生…と違うよね?誰?」

思いっきり嫌そうな顔をしたら、後ろから柳生くんらしい人に言葉をかけられて。
何か違和感を感じたのを言葉にすると気まずそうに笑った仁王くんが、そこに居た。





「お疲れさまでした!」
「お先に失礼します。」

後輩達が帰っていく中、翌日の打ち合わせだ、日誌だ、って
毎日、最後まで残るのは何故か3年のレギュラーと女マネの私で。

「何か、変なの。」
「しゃーなかろ?真田が、他のマネに頼まんのじゃけん。」
「別にいいけど、後で困るのは赤也なのにね。」
「ま、そう言いなさんな。それより、もういいんか?」

『後悔しても知らないから』と、日誌に向かう私を眺めてるのは、コート上の詐欺師。
と言っても、私は知ってる。本当の彼がとっても優しいことを。



、場所変わりんしゃい。」
「え?仁王、どうして?」
「女の子が車道側、って危ないじゃろ?」
「でも、カバンぶつかるでしょ?だからいいよ。」

左利きの仁王くん、右利きの私。利き手側に掛けるとカバンがぶつかるのを
気にしていると、ふと左手に体温を感じる。

「に…お?」
「そこまで言うんじゃったら、こうしときんしゃい。」
「へ?」
「危なかったらすぐ、を引き寄せられる。」





「あ、雨…降ってきちゃった。」
「今日1日は保つて言っとったんじゃがな…。」
「ってことは、仁王…傘ないんだよね?入ってく?」

躊躇わずにそう訊くのは、きっと毎日手を繋いで帰るようになってから。
クラス発表の時とは比べ物にならない位、仁王の隣が心地よく感じる。

「今日ね『仁王先輩と付き合ってるんですか?』って訊かれた。」
「んで、の答えは?」
「気になるの?」
「多少は、な。」

女物の傘に入るのは窮屈で、お互いが濡れないように2人の距離が近くなる。
それが嫌だとか、そういうんじゃなくて、当たり前って感じで…。

「付き合ってるかどうか解らないけど『手を繋いで帰る』仲です。」
「まんま、やね。」
「だって、そうとしか言いようがないもん。」
「なら、明日からは『肩抱かれる仲』じゃけんね。」
「え?」

勢いよく抱き寄せられたのが、前から来た車が撥ね上げた
水しぶきの所為だって気がついた時には、どうしようもない姿になっていた。

「すまんな、ちょっと気付くんが遅かったみたいや…。」
「へっき、雨の日って帰り着く頃には酷い姿だから。」
「ジャージ…持っとたよな?」
「うん。」
「なら、家寄って着替えていきんしゃい。」

『風邪ひいたら困る』のは、仁王にとってか、テニス部にとってか…
そんなドロドロした思いを隠し持ってる事にチクリと痛むものはあったけど、
それを訊かないまま、仁王の好意に甘えることにした。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「あ、タオルありがと。」
「コーヒー、砂糖とミルクは?」
「要らないけど、牛乳入れてもらえると嬉しい。」

シャワーを使わせてもらっている間に着替えを済ませた仁王は
細身のジーンズと黒のTシャツがとても良く似合っている。

「?どうかした?」
「うん?何にもないよ?」
「それ飲んだら、帰りんしゃい。小降りになって来たから駅まで送る。」
「うん、ありがと。」

『ごちそうさま』を言うと、優しく笑ってくれる仁王と一緒に外へ出ると。
すっかり晴れて雲1つない夜空に、月が浮かんでいる。

「うわー。大っきな月。」
、手。」
「『肩抱く仲』じゃないの?」
「いいん?」

傘をさしてる時は、必然と言えば必然でそうでなければ、
また『手を繋ぐ関係』へ逆戻りだったのかな?と思わせる一言に。

「忘れてるかもしれないけど、初めて手繋いだ日もこんな月夜だったね。」
「そうやったかの?それなら、月が証人やね。」
「何の?……!!」

『近道だから』と通った公園で、見上げた月に思い出して
言葉にした事を後悔するような仁王の行動へ、瞬きする事さえ忘れていた。

。Kissする時くらい、目瞑りんしゃい。」
「っ!だって、突然すぎる!」
「突然じゃなきゃいいんか?にKissしても。」
「……。」

答えられないのは、蓋が開いたから。仁王に対する気持ちに気がついたから。
クラス発表の時もその前も、気付かないフリをしていただけで、
本当は持て余して、どうしたらいいのか解んなかった。

「突然でも、仁王とならヤじゃない…。…だって。」
。」

そっと、唇に人差し指が触れる。仁王がいつも、ラケットを持ってる手で。
勢いで紡ぎそうになった言葉を飲み込むと、その手が頬を包んでくれる。

が好きや。入れ替わりを見破った時から。」
「に、お?」
「女の子に勢いで告白させるんは、な?」
「私…仁王が好き。」

視線がぶつかると、また優しいKissを落としてくれる仁王は
その耳元へそっと届けた言葉に、嬉しそうに頷いてくれる。

「私も、雅治って呼んでもいい?2人だけの時に。」






先輩。先輩は仁王先輩と付き合ってるんですか?」
「ん?どうして?」

赤也にも、2年や1年の女マネにも訊かれるこの質問に。
いつもと同じように答えると、その向こうに大好きな彼の姿を捕まえる。
それは、部活を離れるとクラスメイトや一般生徒からの時も同じ。

「だって2人でいる事が多いから。」
「仁王くんがさんと、手を繋いで歩いてるの見たから。」
「ふ〜ん。それだけで付き合ってるって言うかは微妙じゃない?」

『それはそうなんだけど…』と言葉を失うみんなに、ほんの少しだけヒントをあげる。
いつも、その言葉に微笑んでテニスコートへ向かう彼の背中を見つめながら。

「付き合うも、付き合わないも。好きかキライも、全部『月』だけが知ってるの。」
「はい?」
「仁王に訊いてもダメだと思うから…だから月に訊いてみて。」

そう、私たちの関係は…月だけが知っている。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あとがき

初書きの、仁王くんでした。
何となく、月夜と似合いそうな気がしたのと、手を繋いでくれそうなのと
(若干の『消去法めいたもの』と)併せてみました。ニセモノになってない事を祈ってます。

素敵な企画へ参加させて頂いてありがとうございました。
最後までお付き合いいただいて、ありがとうございました。
春日聖雅 2007/04.


Photo//空に咲く花