あるクラスメイトに聞かれました。


「不二くんと、さんって、付き合ってるの?」


二人、声を合わせて答えました。


「まさか。なんでこんな奴と。」





ボ ク ら の 基 本






「ねー、周助。」

「ん、なあに?」

「暇。」

「……なら、が何かして、僕を楽しませてよ。」



放課後、ホームルームが早く終わった3年6組の二人は、いち早く部室へ潜入。が、生憎の雨。当然テニス部は練習中止を余儀なくされ、かといってミーティングがるとの部長のお達しに、帰る事もできない。レギュラーである不二周助も、そしてマネージャーであるもそれは同様で、大して広くも無いこの部室に、メンバーが集まるのを待っていることしかできなかった。



「あーあ、なんか面白いことないかなあ。」

「ねぇ、僕の話、聞いてた?」

「あ、ごめん、聞こえなかった。」

「…が何かして僕をた」

「あーあ、なんか面白いことないかなあ。」

「………。」

「あら、周助クン、怒っちゃやーよ。」

「誰のせいだと思ってるの?」

「…。だってさー、あたしが暇なのに、周助を楽しませてどうすんの。」

「暇つぶしになるでしょ?」

「そんなつまんない暇つぶし、どうしてやらなきゃいけないの!」


部室にある大きめのベンチに、二人は並んで座っている。校内の王子様とも呼べる、眉目秀麗な彼の横にいても、照れるどころか、こんな減らず口を叩くは、周助の幼馴染だった。それはもう、親同士まで仲が良いのだから、切っても切れない縁というのはこういうことだろう。は一人っ子なのに対し、周助は3人兄弟。親だけで遊びにいってしまうことも多く、幼いころからむしろ4人兄弟のようにつるんでいたのだから、もはや幼馴染というよりは家族のようなものなのかもしれない。

がテニス部のマネージャーになったのも、周助のおかげ、もとい、周助のせいだった。兄弟4人の仲でもとりわけ仲良しで仲が悪かった二人。二人とも青学へと入学し、周助がテニス部になった瞬間、離れられると思ったは数ヵ月後に落胆する。周助自ら、をマネージャーに仕立て上げたようで。入部してすぐ、その才能を知らしめた周助だったからこそ、の抜擢はそのままマネージャー採用として繋がる。もとより、は周助と同様妙に完璧主義であったし、負けず嫌いな彼女がライバルともいえる周助に挑発されて、黙っていられるわけもない。騙されたといえば聞こえが悪いが、つまり周助の推薦があってこそ、彼女はマネージャーとして3年間、テニス部のメンバーと青春時代を過ごすことになったのだ。


「じゃあ、にとって、楽しいことって何?」

「うーん、……周助が、物凄くドジをした瞬間をこの目で見てしまうこととか。」

「…他には?」

「そうだなあ、周助に、ありとあらゆる不幸が降りかかることとか。」

「………他には?」

「周助、顔が怖いよ。」

「やだなあ、、目が悪くなったんじゃないの?」

「あれ、周助、言語理解能力、低下した?」

こそ、眼科と精神科にでもいったほうがいいんじゃない?」


だからこそ、二人の関係は、定義のつけがたいものとなっている。
悪友であり、幼馴染であり、兄弟である。けれど、それ以上でも以下でもない。付き合っているの?と言われれば、二人声をそろえて「そんなわけない」と答えるだろうし、嫌いなの?と聞かれれば、これも同じく「嫌いではない」と答えるのだ。何より、こんな二人に振り回されているのは、当人同士のように見えるが、そんなことは断じてありえず、むしろ迷惑をこうむっているのは、他のテニス部男子部員であろう。


「あ、そうだな。周助が、あたしに愛の言葉とか囁いたら、面白いかもしれない。」

「なに、囁いて欲しいの?あれ、。僕に惚れちゃった?」

「気持ち悪いこといわないでよ。それ録音して、売るの。…あ、周助、今カメラ持ってない?」

「………、…カメラなら、今日は持ってきてないよ。」

「チッ、使えない奴。」

「…今、聞き捨てならない台詞を吐き出したのは、この口?」


にっこり、とファンが見たら卒倒しそうなほど、柔らかい笑みを浮かべながら、その表情とは裏腹に、の頬を強く引っ張る周助。恋人がイチャついているようにも見えなくはないが、そういうレベルではない。慣れているとはいえ、は目に涙をためて、「ごめんなさい」と声にならない声で謝罪しているし、おそらく周助が手を離した後、の頬は真っ赤なはずだ。だいぶ、痛いらしい。まあ自業自得といえばそれで片付くもの。



、」

「は、はい。」

「…そんな、びくびくしないでよ。」

「だって、本気で痛かったんだもん。」

「そういわれると、もっといじめたくなっちゃうじゃない。」

「うーわー、今度、部室のロッカーにサディスティック☆不二子っていうシール貼っておいてあげる!」

「…っていうことは、いじめてもいいってこと?」

「周助、日本語わかってる?」

「うーん、わかんないかもね。」

「ちょ、わかろうとしようよ!」

「大丈夫。」

「あ、そっか、もう病院の予約はしたんだね。」

「…へぇ、まだそんなこと言うんだ?」

「ゴメンナサイ嘘です許してください。」



大抵、言い合いのパターンは固定化されている。にもかかわらず、飽きることなく同じ様な会話は続く。それは、お互い楽しんでいるようにもみえるし、むしろそうすることが彼らなりのスキンシップなのかもしれない。と、いうことは、おそらく当人同士しか分かっていない。周りから見れば、仲が良いのか悪いのか、どちらか分からないけれど。


どちらにしろ、こういう状態でこその二人なのだ。
誰が決めたのでもない、いつの間にかこうなっていた。
そこに確かな絆があることなど、誰も気づいていないのかもしれないけれど。






***



「エージ先輩!」

「にゃ?」

「俺、聞いたんスけど、やっぱ先輩と不二先輩って、付き合ってないんスか?」

「ん〜…一応、二人は否定してる。キレイサッパリ、即答で、声を揃えて。」

「ふーん。…付き合ってないんだ。」

「なんだよ越前、お前も先輩狙いかよ!?」

「…桃、お前も、って…、桃もかにゃ?!」

「エージ先輩こそ、分かりやすすぎっス!」

「ダメっスよ。先輩は、俺がもらうから。」

「なーに言ってんだにゃ!おチビ!お前じゃ無理だにゃー!」

「ちょっ、…痛いっスよ、英二先輩!」



簡単な補習が終わった菊丸、同じく補習を受けていた桃城、そして委員会がどうとかいって遅れた越前。3人が、騒ぎながら部室へ向かっていく。話している内容は、確かに中学生らしいものだが、こうまでして大声で話していては、丸聞こえではないか。…と、そこまでは考えていないようだ。聞こえさせることで牽制している、という考え方もできるのだが、そこまで考えているのは最年少の彼だけであろう。

が、彼らの幾分あがったテンションで繰り広げられていたこの会話は、その数秒後に、打ち砕かれることとなる。



「アレー?部長に大石先輩?!なーにしてんスか?!」


桃城の声に振り返る手塚と大石。相変わらず眉間に皺を寄せた手塚は、小さく溜息を漏らし、同時に大石は苦笑して。部活が始まるか否か、という時間帯なのにもかかわらず、この二人が部室の前に立ちはだかっているとは何事か。越前も軽く首を傾げて、「どうしたんスか。」と桃城よりだいぶ落とした声のトーンで尋ねた。

大石は、これ、どうする?なんて苦笑して、ゆっくりと静かにドアを開けた。




「……どこが、付き合って、ないんスかねぇ…。」




思わず、あとから来た三人も、溜息交じりの苦笑を漏らした、とか。











先ほどまで、半ば喧嘩のような会話をしていた周助とは、ベンチの上ですやすやと眠っていた。ただ、眠っているのではない。何故か、が周助に膝枕をしてもらっているのだ。(普通、逆ではないか…?と密かに手塚が思ったことを、誰も知らない)すやすやと気持ち良さそうに寝るは、どことなく安心しているかの表情。一瞬見惚れた、遅れ組3人。誰ともなく、「可愛い…。」と呟いた、と思った瞬間、ゆっくりと、周助の瞳が開いた。その周助は、眠るの髪を、テニス部とは思えない綺麗な指先で梳かすように撫でていた。「?!」………「……。」目が合えば、クス、と笑みを浮かべるだけ。それだけで何を言いたいのかわかってしまったテニス部員。“邪魔スルナ”とのメッセージが届いたという、この以心伝心具合は、団結力のある青学テニス部だからか、それとも周助の眼力の強さなのか。そんなの、誰が答えを出さなくとも、みんなわかっていたけれど。




小さく漏れた溜息は、誰のものだか分からないけれど。
周助の表情には笑みが、他の部員には諦めの苦笑が、浮かんでいたことに間違いはない。









***



「いつまで、この“基本スタイル”を続けてればいいんだろうね。」




ドアが閉まって少しすれば、外から部活開始による喧騒が、静かな部室内にまで届く。なぜ、それでも部員である周助と、マネージャーであるが部屋の中にいるのかといえば、誰も突っ込めないことではあった。けれど、極自然に、周助は、すやすやと寝息を立てるの頭を撫でていた。とても、柔らかく愛おしげな表情で。




「…まあ、誰にも渡す気は、ないけど。」




クス、と不敵に笑む周助。誰も知ることはなかったけれど、それがこの基本スタイルとも言える二人のやり取りに、いつか終止符を打つであろうことを予測させるのだ。けれど、がそうしたいと思っているまで、それを周助が感じ取れるまでは、この二人の基本は壊れることなく続いていくのだ。一歩先へ進みたいと思いつつも、今の状態に甘んじているのは、お互い居心地がいいからだろう。それに気づいているか否かは別として、ただ、一番近くにお互いがいればいいと、それだけしか考えていない、なんてことも、この二人にならありえるだろう。




膝の上で、気持ち良さそうに眠るの耳元へ、ゆっくりと唇を近づける周助。そこで囁かれた愛の言葉は、録音されるどころか、本人にまで届いていなかったけれど、周助は満足そうに微笑む。

静かなこの一時を、壊さないように、起こさないように、


周助は、の唇に、一瞬だけ唇を重ねた。






いつか、僕のお姫様が目覚めますように、と―――








企画サイト「brihigh」様、提出作品(2007.07.31)